靴下
一枚の繪の竹田厳道氏は、とてもおしゃれだった。
ひと口におしゃれといっても、一朝一夕になれるものではない。湯水のようにお金をつかって、幾度も失敗を重ねて、ようやく身につくものである。失敗を恐れて、チマチマしたお金のつかいかたをすれば、チマチマしたおしゃれしか身に付かない。これで案外きびしいのである。
竹田氏は、フジヤ・マツムラでは、イタリーのアルティオリとかア・テストーニ、フェラガモの靴をおもに買われた。おもに、という言い方は間違いかもしれない。それしか置いてなかったのだから。
こんちは、といって竹田氏がドアをあけて入ってこられた。
「急に今夜、葬式に出るようになったから、靴と靴下を買いにきたよ」
礼装にも履ける黒の靴と、黒のシルクソックスをさっそく揃えて、椅子にかけた竹田氏の前に並べた。
「きみのところは、間に合いませんといったことがないな。こんど、それはございませんというもの、考えてこよう」
すぐに値札を取るようにいわれた。値段はご覧にならなかった。
「どうせ履き替えるのだから、面倒がないようにいま履き替えて行こう」
履いてこられた靴と靴下は、あとで会社にお届けしておいた。
翌日、また竹田氏は来店された。ドアのところで、店内をぐるりと見まわすと、静かな口調でいわれた。
「きのう、靴と靴下を届けてくれた人は、だれかな」
ぼくは、おずおずと手をあげた。
竹田氏は、きみか、といって椅子に腰をおろした。
「なにか落ち度がありましたか」
鎌崎店長が、ちらちらとぼくをうかがいながら、竹田氏にたずねた。
「いや、靴下がね、洗ってあったんだ」
竹田氏は、ぼくにいった。
「きみは、木下藤吉郎か」