ショール

 一枚の繪の竹田厳道氏は、いつも上機嫌だった。赤ちゃんのようなピンク色の肌が、お風呂上がりのようにサッパリとしていた。二枚目だったが造作が大きく、ポンチ絵に描くならば、ちょっとたれ目の大きな眼と、肉のついた高い鼻、それに立派な大きな耳を強調するところである。ウエーブのついたロマンスグレーの髪は、つねにきちんと調えれられて、格子柄の鳥打ち帽がのっかっているときもあった。
 記憶のなかでは、竹田氏はたいてい大きな格子柄の替え上着を着て、ミラショーンのネクタイを締め、グレーの無地のスラックスをはいておられる。長身だけれど、やや猫背だった。ドアをあけると一度店内を見渡して、「いつきても、客のいたためしのない店だな」などとおっしゃってから、ゆっくりと椅子に腰を下ろされる。そうして、ウイットとユーモアとすこしばかりの皮肉をまじえて、愉しい話をされるのである(「これがバーなら、次のお客がくるまで、帰れないところだ」)。
 竹田氏がみえたとき、先客がいたことがあった。小さなバーのママさんだったが、以前は竹田氏の行きつけの店のホステスをしていた女性であった。
「おっ、きみもだいぶ出世したね、この店に出入りするようになったのか」
「いえいえ、お誕生日のお客様が今夜みえるんですけど、このお店のネクタイしかなさらないっていうものですから」
「ふーん、なかなか感心だな。それじゃあ、ぼくがきみに、誕生祝いを買ってあげよう」
「まだ、誕生日には間があります」
「いいよ。そのうち、いやでも一つ、年をとるんだろうから」
 竹田氏からショールをプレゼントされ、その女性はお礼をいってひと足先に店を出た。
 椅子に腰を下ろした竹田氏が、ぽつんといわれた。
「銀座では、ああいう女中顔のホステスのほうが、成功するんだよ」