コート 6

 その邸の応接間はとても広かった。夏なら、庭に面したガラス戸が大きく開け放たれて、青く広がる芝生の草いきれをたっぷりと吸い込むことができただろう。しかし、ぼくがそのお宅を訪問したのは冬だったので、芝生も枯れ草色をしていた。
 宝塚に入った上のお嬢様のために、「アメリカひじき」の作家は、シルクのコートをプレゼントすることをおもいついた。購入したのは光沢のあるワイン色のコートだった。ぼくは、上司にいわれて、それをお届けにうかがったのだった。 
 夫人はぼくをリビングに通すと、ソファーにすわるようにすすめて部屋を出て行った。部屋の一角が半円形に外に向かって張り出しており、その半円形の壁に沿ってソファーが置かれていた。ソファーの背もたれとガラスの出窓のあいだが30センチほどの平らな棚になっていて、そこに白いふさふさの猫のぬいぐるみがいくつか置いてあった。ぼくは荷物を床に置くと、浅くソファーに腰かけた。
 部屋にはピアノやそのほかいろんなものがあったはずだが、ソファーとテーブルとそれから出窓しか記憶にない。ぼくが入ってきた入り口がずいぶん遠くに見えた。夫人は一度紅茶をいれて戻ったが、電話がどうとか口のなかでつぶやくとまた席を立った(註、昭和59年12月24日、元東京都知事逝去)。    
 所在なく一人で待っていると、入り口のドアがあいて、下のお嬢様が顔を見せた。学校から帰ってこられたのだろう。立ち上がって挨拶をすると、下のお嬢様は丁寧に挨拶を返してすぐ引っ込んだ。また、一人になった。
 そのとき、首のあたりをスーッとなでるものがあった。ぼくはゾッとしてソファーから飛び上がった。あわててふり返ってみると、白いふさふさのぬいぐるみと目が合った。ぬいぐるみは、ミャアと鳴いた。