コート 11

 矢村海彦君は、ぼくのことを「ブス殺し」といったことがある。つき合う女性に美人がいないといった程度の意味合いである。いわれたとき、なるほどそうかもしれない、とおもった。
 ぼくは、社会に出ても一向に学生気分が抜けなかった。だから、女性にも、男友だちと同じものを求める傾向があった。第一条件は、呼び出したとき、かならず来るやつ、である。で、映画を見たり、コーヒーを飲んだり、食事をしたり、ブラブラ歩いたりして、そのあいだ、うんと笑ったり、うなづいたり、しゃべったりできる相手である。暇つぶしにつき合ってくれる相手である。それでいて、ベタベタしない相手である。そういう気のいい女性の多くは、なぜか世間でいうところのいわゆる美人とは大いにかけ離れていた。
 丸の内の証券会社に勤めた最初の給料日に、原宿のバークレーに寄ってほしかったコートを初任給をはたいて購入し、帰りの電車賃がなくなったのでタクシーで帰宅して母親にタクシー代を払わせ、なおかつ次の給料日までの生活費を出させた女性がいる。ぼくのカミさんだ。
 大阪支店の美女との関係がいっこうに進展せずに2年たった頃、ぼくは、くだんの金銭感覚の欠落した女性に結婚を申し込んだ。いや、同じことだけれど、結婚を前提につき合ってください、といった。これが、矢村君に、例の発言をさせることになる。けれど、この話はこれでおしまい。