コート 22

 山口瞳先生が正装に近い服装をされるとき、決まって着用されたのが黒のコートだった。たぶん、カシミヤで、肩の四角いチェスターフィールドコートと呼ばれるコートだったとおもう。
 チェスターフィールドというのは、19世紀のイギリスの伯爵の名前に由来している。コートとしてはもっともフォーマルで、イギリスのヴィクトリア朝時代に上流階級のあいだで着られるようになった。ウエスト部分がシェープしており、全体のシルエットは細身で、前合わせがシングル比翼仕立て(隠しボタン)になっている。本格的なものは上衿にビロードが使われているが、山口先生のはそこまで極端ではなかった。
 山口先生は、このコートのときは、黒のスーツに黒のソフトをかぶられた。きっと先生のことだから、好きな外国の俳優に思い入れがあってそんな格好をされたのだろう(以前、フランク・シナトラを意識されておられたのではないか、と書いたことがあるが、ジョージ・ラフトかもしれない、と、ふと、いま、脈絡もなく、おもった)。
 この出で立ちで銀座に来られ、よく待ち合わせの時間まで(2時間あまり!)、店に寄られて暇をつぶされることがあった。
 あるとき、先生はやはり時間をつぶしていて、店長とひとしきり話されたあと、なんとなく話題が尻すぼみになったことがあった。すると、やおら店長はぼくにふった。
「タカシマ君、いい機会だから、先生と文学の話でもしたら」
 先生とぼくは、おもわず顔を見合わせた。文学というのは、時間があいたからさあ文学を語りましょ、という具合に話すものではないし、だいいち、文学について語るなんてじつに恥ずかしいことではあるまいか。
 山口先生の眼のなかに同じおもいを感じて、ぼくはおもわず微笑した。山口先生も眼だけで苦笑した。文学がわかるというのは、つきつめていえば、そういうことなのである。