夜の電話

 中村裕次郎から電話がきた。20年ぶりのことである。
 中村裕次郎は、中学3年のとき同じクラスだった。当時、「中村」といえば、すぐさま「錦之助」と答えが返ってきた。「裕次郎」は、もちろん「石原裕次郎」である。どちらもまだ人気絶頂の時代だった。中村裕次郎という名前は、だから、その有名人ふたりの名前を組み合わせたような按配で、本人は相当気恥ずかしかっただろうとおもう。
「また、クラス会をやるんですが」
 電話の向こうで、裕次郎が馬鹿丁寧な口調でいった。
「出席しませんか?」
 20年前も同じ口調だった。もと同級生に電話するには、ちょっと卑屈な感じがした。もっと横柄なやつだったが、社会に出てからどんなふうにすごしてきたのだろうか。
「いや、やめておきます。そういうの、好きじゃないんで」
 私は、どの学校のクラス会も同窓会も、出席したことがない。卒業したあともつき合いのある何人かのほかは、わざわざ会いに行きたい友人というのはいなかった。
「そうですか。いや、そうでしたね。前にも同じことをいわれたのを思い出しました」
「ま、わるくおもわないでください。集まるみなさんによろしく」
 そういって私は電話を切った。切ってから、裕次郎はいったいどうしたのだろう、とおもった。  
 20年前にクラス会の連絡をしてきたあとしばらくして、裕次郎がなくなったという話を友人の鰐口からきかされた。離婚して子どももいたが、借金苦から自殺したという噂だった。
「電話のとき、そんな様子はなかったけれど」
「最後にみんなに会いたかったのかもな」
 鰐口らしくない、しんみりした口調だった。
 その裕次郎が、またクラス会を開くという。誘われて集まる顔ぶれを知りたくもあり、私には関係がないようにもおもえる。
(「私のニセ東京日記」が紛れ込みました)