着信アリ

 綿貫君が花屋の店舗を探しているときだったとおもうが、九段の千鳥ヶ淵沿いの道を雨の夜に歩いたことがあった。
 あの道は、いまではどうだか知らないが、夜になると、距離をおいてポツンポツンと灯る電灯しかなくて、それも電灯の真下ばかり照らしていたから、ほとんど闇のなかを歩いているようなものだった。
 暗いなかを傘をさして歩いてゆくと、アスファルトの上にやわらかいものをばらまいたように、革靴の底を通してグニュッとした感触が伝わってきた。そのやわらかいものは、道一面に散らばっているのか、道のどちら側を歩いてもグニュッとした。
「なんだか気色がわるいなあ」
 歩きながら綿貫君がいった。
「ぼくは、こういう得体の知れない感触って、嫌いなんですよね」
「あまり、好きな人っていないんじゃないかな」
「しかし、なにが落ちているんだろう。落した人が掃除しておいてくれなきゃ困りますね」
 ようやく電灯の下にさしかかった。
「これで、なにがおちてるのか、わかりますよ」
 電灯の光が、真下の地面を丸く照らしていた。
「うわあ!」
 おもわず声が出た。大声で叫んでいた。地面をおおっていたのは、のたくっている無数の太ったミミズだった。ここの土地は、もともとよく肥えた土なのだろう。だから、ふだんはただのアスファルトの道でも、雨の降ったときには、道路脇の露出した土の部分からミミズがはい出してきて、道路一面埋めつくしてしまうのだろう。
 ミミズとわかっても、足を下ろさないわけにはいかない。歩くためには、いやでも踏んずけていかなくてはならない。革靴の底で隔たっているのだから、頭では平気とわかっていても、感覚的には裸足でミミズを踏んでゆくのに等しかった。ぼくらは、残りの200メートルを、若い女性のようにキャーキャーいいながら歩いた。
 昨夜、綿貫君からメールが届いた。
「あの晩の感触をおぼえていますか?」
 おぼえているとも。ちょうど、綿貫君、きみのメールと同じ感触だよ。しかし、どうしてきみからメールが届いたのだろう。3年前になくなったきみから。
(「私のニセ東京日記」が、もうひとつ紛れ込みました)