コート 25

 そのお二人は、ぜんぜん似ていないのだが、なんとなく似ていなくもなかった。
 山口瞳先生は、替え上着のときは、ショートコートをはおることが多かった。それに、かならずハンチング(鳥撃ち帽)をかぶっておられた(山口先生は、自嘲的に、禿げ隠し、といわれることがあった)。
 山口先生のショートコートは、バーバリー製だった。山口先生は丸善もごひいきだったから、丸善がイギリスのバーバリーに発注したコートであった(寸法が日本人の体型に合うようにアレンジされていた)。
 替え上着にショートコート、やはりハンチングというスタイルの方に、一枚の繪の竹田厳道氏がいらした(頭髪はフサフサしておられた。念のため)。竹田氏のは、直輸入のバーバリーである。
 あるとき、それがなんであったか忘れたが、とても高価な商品が入荷した。その日、たまたま山口先生が来店されたので、粋狂でご覧に入れると、「こんな高いものが買えるのは、いま、竹田厳道しかいない!」と冗談の口調でいわれた。「竹田厳道に買ってもらいなさい」
 その晩、偶然、竹田氏が「今晩は」と入ってこられた。さっそく、その品物をご覧に入れた。山口瞳先生がこうおっしゃった、などとはもちろんいわない。なんといわれるか、おおいに楽しみだった。
「きみ、月給取りは、こういうものは買わないよ。ぼくも月給取りだからね。こういうものを平気で買えるのは、さしづめ印税生活者だな。不労所得でなければ、こういうものは買う気がしない。売れてる物書きにでも買ってもらいなさい」
 なんといっても、お二人がよく似ていたのは、サービス精神と猫背である。