絵 4

 ボクチャン2世は、それからしばらくして日本画家のうちにやってきた(2005-02-06「ローマイヤのハム」参照)。ボクチャン2世は、なくなったボクチャンそっくりの犬だった。
 先生のお弟子さんが道を歩いていると、とつぜん子犬が足にじゃれついてきたという。いままで犬の姿なんか見えなかったのに、その子犬は忽然として現れた。まるで天から降ってきたか、地から湧いて出たかのようだった。いそいで抱きあげ、あわててあたりを見まわしたが、通りにはだれもいなかった。それで、その茶色い子犬は捨て犬にちがいないとおもって拾ってきた。
 ボクチャン2世は、ほんとうにボクチャンと瓜二つだった。先生の奥様は、その子犬がボクチャンの生まれ変わりで、きっと神様がお授けくださったのだ、といって頬ずりした。一時、ボクチャンをなくして憔悴しきっていた奥様は、おかげですっかり元気をとりもどした。
 ボクチャン2世は、やはり、ボクチャンと呼ばれた。訪問して呼び鈴を押し、お勝手口の戸をあけると、あのボクチャンと同じでかならず上がり框のところまできていた。口が半開きで、舌が垂れているところもボクチャンに似ていた。そして、お手伝いさんの隙を見て表に飛び出そうとするところも、まるでボクチャンそっくりだった。
「お勝手の戸、すぐ閉めてくださいね。ボクチャンが出ちゃいますから」
 甲高い声でスーさんがいう。まえに、ぼくが戸をあけたとたん、ボクチャンが逃げ出したことがあったからだ。あのときは、ぼくは挨拶まわりの途中でタクシーを待たせていたから、いっしょにつかまえることができなかった。スーさんはきっと、逃げ出したボクチャンをつかまえるのに、ずいぶん苦労したのだろう。
「また、似たような犬がいましたよ」
 店にもどると、ぼくは釜本次長にいった。
「ああ、あれね。あれは、奥様がふさぎこんでるから、弟子のひとりが似た犬を買ってきたんだよ」
 釜本次長がいった。
「え、そうなんですか」
「それで、買ってきたというと、どうしても別の犬だとおもって可愛がれないだろうからって、道で拾ったことにしたのさ。生まれ変わりだなんてこじつけて」
 ぼくは、隙をついて表に飛び出そうとするボクチャン2世の目を思い浮かべた。そして、もしかすると、あいつはほんとにボクチャンなのかもしれないな、と突飛なことを考えている自分に、あわてて頭をふってみせた。