絵 5

 文京区のとある高台、とだけいっておこう。高級住宅地の誉れ高く、今太閤といわれたあの元首相の大邸宅も近くにあった。
 その画家は夜行性で、ドラキュラみたいに日が暮れてから起きだして、夜じゅう仕事をしているということだった。だから、夫人もそれに合わせて、夜と昼が逆転した暮らしをしていたらしい。
 しかし、お手伝いの小口(仮名)さんは昼間も働いていた。午前中にお届けうかがっても、午後から挨拶まわりにうかがっても、ときに夜にうかがうことがあっても、いつでもほがらかに顔を出した。いったい、いつ寝ていたのだろう?
 その日も、釜本次長に頼まれて、帰りがけに、修理上がりの商品を届けにうかがうことになった。閉店後、銀座から40分かかって、着いたのは夜9時を大幅にまわっていた。
「あら、あんたが来てくれたの。こんな時間に気の毒だねえ。釜本のやつ、あんたに押し付けて帰っちまったのかい? うちの奥様の担当なのに、売り上げが上がらないお届けなんかは来やしない。奥様にいいつけてやろ」
 以前、うかがうときは勝手口から、と釜本次長に釘をさされたことがあった。だから、いわれた通りに勝手口のインターホンから来意を告げると、小口さんは、表にまわりな、とインターホンのむこうでいった。そのとき、ちょうど、この邸を訪問しにきたらしい黒塗りの車が勝手口の前に停まった。ぼくは、その車のわきをすり抜けて玄関にまわった。
「釜本がそういったのかい? いやらしいやつだねえ。自分は表から入ってくるくせに。あんたに先輩風吹かしてるんだよ。あんた、かまわないからいつでも玄関から入っておいで。あたしがそういってるんだからいいんだよ」
 小口さんは、ぼくにずいぶんよくしてくれた。しかし、わるくはいってもやはり担当者というのは別らしく、後日、釜本次長はその晩の秘密をしっかりときいてきた。
「きみがすれ違った車で、札束の詰まったジュラルミンのトランクが運び込まれたんだってさ」
 バブルといわれた好景気の頂点だった。