絵 6

 李禹煥(リーウーハン)先生は、いつも奥様とみえられた。そして、奥様がワンピースを試着しているあいだ、なんとなく所在なさげに待っておられた。
 最初のときは、顧客のだれかといっしょにみえたはずだが、どなたが先生を紹介してくださったのか、すっかり忘れてしまった。
 先生は無口で、ほとんど口をひらかない。無口ではなかったのかもしれないが、親しくお話した記憶はない。先生はとても自然体で、人なつこそうな表情をするのだが、なんとなく、ぶっきらぼうな返事がかえってきそうな予感もして、話しかける糸口が見つからなかった。
 近くの画廊で個展を催されたとき、どんな作品を描いておられるのか見に行った。だれも観客がいなかった。白いキャンバスに黒で、単純だが抽象的な図形が描かれていた。絵も無口な印象がした。