彫刻 8

 新宿区のT先生のお宅の一角には、三階建てほどの広いアトリエがあった。もちろん、天井まで吹き抜けで、大きな彫刻を制作するにはもってこいだった。
 アトリエの一隅にも応接セットが据えてあり、気の置けない来客はここで面会するようだった。
 その気の置けないお仲間に入れていただいて、ここで奥様とお目にかかることが多くなった。
 うかがうといつも、アトリエ中央の台にのせた粘土の塊を、若い男性がヘラで削っていた。先生のお弟子さんかもしれなかった。
 先生はおいそがしくて、いつも各地を駆けまわっている。いそがしいから駆けまわるのか、駆けまわるからいそがしいのか、よくわからない。それで、いつも、くだんの青年がヘラで粘土をこねくっている。
 そうこうしているうちに、しばらくぶりでうかがうと、粘土はいつの間にかブロンズ像に変わっている。
 木彫のI先生も、意固地にお弟子を排斥していないで、こうして優秀なお弟子さんを育てたほうが楽なのではないか、と胡乱(うろん)な考えをめぐらしてみた。