銀座百点 2

 飯出君は、フジヤ・マツムラのガラスのドアをあけると店内にはいった。やや緊張しているようにみえた。そして、すぐそこにいた女性に、靴下がほしい、と声をかけた。
 靴下は、入り口のそばのガラスケースの上にのせられた、仕切りのあるプラスティックのケースにきちんと並んでいた。
「茶色がほしいんですけど」
 飯出君が、松田優作ばりの太い声でボソリといった。
 女性が茶色の靴下を差し出した。
「いや、えーと、これじゃあなくて、ロングソックス。毛深いものですから」
 女性がクスリと笑った。飯出君は、ちょっと不服そうに唇をとんがらかした。
 飯出君の唇は、分厚くて、赤くて、普段からすこし突き出ていた。それがよけいに飛び出してみえた。
「ハイソックスですね」
 女性が、そう言い直して、茶色の薄手の靴下を出してきた。飯出君は、赤くなって、もっと唇がとんがった。茶色の靴下には、LANVINと白でブランド・ネームがプリントされていた。
 ぼくは、そこにあった「銀座百点」に手を伸ばした。なにげなく裏表紙をみると、記念切手ほどの大きさのシールが貼ってあった。紺色に白抜きでマークとロゴが印刷されていた。どこの店でも、ゴム印で店名を捺してあるのが普通だから、白の裏表紙に紺のシールは新鮮でゴージャスにみえた。