銀座百点 号外

 東門居永井龍男の句集から一句だけ紹介したところ、
「それがいちばんいい句かい」
 と俳句を作る友人からいわれました。なんだか不満そうな口ぶりです。
「ぼくの趣味だから、だれにとっても好もしい句というわけにはいかないね」
「だったら、もっとたくさん紹介すればいいじゃないか、ケチをしないで。多くの人の目にふれることが、句にとってはしあわせなんじゃないかな」
 そういえば、「永井龍男句集」の「あとがき」に、「私の最初の句集が同好の士のお眼に触れるようなことがあればこんな幸運はないし、」とありました。
 べつにケチで紹介しないわけではないので、しからば、東門居自選の約三百句から十句あまり(無謀にも)ぼくが選んでごらんにいれます。


   春浅しあけしばかりの海苔の缶
   如月や日本の菓子の美しき
   子のあげを下してやりぬ爽やかに
   春寒や絵具の皿のうす乾き
   谷戸谷戸に友どち住みて良夜かな
   日の濃さを甘しと思ふ花楓
   身一つに耐へて凍鶴眠りけり
   灯を入るるまでは淋しき春炬燵
   矍鑠と歩み去年の夏帽子
   橋の名の今宵したしき川開き
   山梔子の実の色にある日の詰り
   鮟鱇と汝が愚魯と吊さんか
   われとわが虚空に堕ちし朝寝かな
   俊寛が瞼の花の盛りかな


 また、余談ですが、「尚、署名脇の印は中川一政氏の作、奥付の印は井伏鱒二氏の作である。両氏に厚く御礼申上げる。」と「あとがき」にあり、交遊の広さをうかがわせます。