銀座百点 号外10

 井伏鱒二に、「永井の会」と題する一文がある。全部引用したい気持に駆られるが、要点だけにふれる。本当は、要点以外が面白いのだが。

 
永井龍男が横光賞をもらつた。その祝賀会が美術倶楽部で催され、われわれ世話人はその会のことを『永井の会』と云つたので、ここでも同じくさう云ふことにする。」

 
 井伏鱒二はそういってから、「しかし世話人代表であつた私は、ちやうど神経痛になやまされてゐたので何の働きもしなかつた。」と書き、なぜ神経痛になったのかを得々と話す。それから、会の料理を注文した新橋はせ川のおかみさんと世話人の一人、中野実の珍妙なやりとりを記し、世話人の役割を怠った理由を遠まわしに呟く。そうして、ようやく「永井の会」に言及する。

 
「大広間には、主賓席と対面の位置に舞台があつた。出版社から寄贈された品物や、同じく寄附による源氏といふ酒の四斗樽など、舞台の左右に置いてあつた。生花なども置いてあつた。開会までに百六十人の来会者があつた。あとからまだ参着する人がゐた。世話人今日出海が司会をして、主に鎌倉在住の先輩諸氏が永井を励ます演説をした。」

 
「永井は奥さんを傍らに置いて主賓席についてゐた。和服に袴で泰然たるやうな風をしてゐたが、なかなか気をつかつてゐるものと見え、世話人のところに注意をうながす使ひをよこした。主賓先から見てゐると、いろいろ世話人のすることにあらが見えると云ふのである。来会者が手持ち不沙汰かもしれないと云ふのである。
『なんて苦労性な男だらう。』
 と私は、中野にきこえるやうに云つた。」

 
 なぜ、中野実にか。
「はにかみ」が永井龍男なら、「含羞」が井伏鱒二だからである。