銀座百点 号外11

永井龍男の「はにかみ」』で井伏鱒二は、永井龍男について深く切り込んでゆく。


「後に、文藝春秋社を退いてから文筆生活に入るまでの彼の生活は、自伝体の作品『そばやまで』に書いてある。単行本『胡桃割り』の『あとがき』に、作者自身、次のやうに云つてゐる。


『二十数年来、一年に一作とか二年に一作、思ひ出したやうに書く癖が「往来」で終り、終戦後は生活のために書くやうになつた。ーー「胡桃割り」も「『あひびき』から」も、その初期の作品である。その頃の生活は、おほよそ「そばやまで」の通りだつた。』
 
 だから『そばやまで』は、永井龍男といふ人を知るためには重宝な文章である。この作中の『私』は、おのれをゆるがせにしない人物である。人と妥協もしないが自分にも厳しいのだ。いささか不屈の気性の保持者である。事実、永井君はさういう人なのだが、彼の『はにかみ』と私が称するのは、生きかたにも創作の上でも類型や泥くささに『はにかみ』を持つことである。」
(つづく)