銀座百点 号外12

 まだ、井伏鱒二の作家論「永井龍男の『はにかみ』」を引きずっている。


「この虚弱な少年が、大正十一年十二月、十六歳の年に帝劇の脚本募集に応じて当選した。」
(中略)
「ひよわくて感受性の強い、しかしキャッチボールなど全然へたくそな少年を私は想像する。この少年は脚本が当選して三年後、十九の年に『黒い御飯』といふ作品を『文藝春秋』に発表した。小学校に初登校する前後のいきさつを書いた短篇で、『小心な、曲つたことの出来ない』病身の家長」とその周囲に、いろいろの角度から楔を打ち込んでみるやうなやりかたで書いてゐる。これを易占にたとへると、一つの事件に対し、いろいろと変卦を取つてみて、冷静に且つ当事者に対しては愛情を秘めて判ずるといつたやりかたである。この方式は後年の彼の作品にもよく採用されてゐるが、言葉がよく淘汰され、一見、小味で、あつさりした筆致のやうでありながら、読みごたへといふ点では刻々としつとりした情感を伝へて来る。読後の加減も良い塩梅である。ちやんとした作品で、もうすでに青くさい見方をはつきり拒絶して、その『はにかみ』を売りものにするやうなことに対しても『はにかみ』を持つてゐる。」