銀座百点 号外54

  ぼくは、心臓が口から飛びだすくらい驚いた。まさか矢村君の口からそんな言葉が発せられるとはおもってもみなかったからだ。
 あとで、田村隆一先生がぼくのことをまじめだといったとき、矢村君の口からは、彼は与太者みたいな暮らしっぷりをしてます、とでかかったかもしれない。そのかわりに、小説家志望です、といったのは、まじめなんかじゃありませんよ、といいたかった矢村君の、ある意味でのやさしさだろう。
 ぼくは物書き志望だったから、なにが自分に起こってもへっちゃらだった。なにかがあれば、書いてやればいいんだ、とおもっていた。べつに私小説を書く気はなかったけれど、物書きはどんなふうに生きてもいいと考えていた。それで、もし、安全な人生から足を踏み外したとしても、それはそのときのことだ。
 しかし、矢村君からとつぜん非難されたとき、ぼくは内心相当うろたえて、自分でもわかるほど赤面した。