銀座百点 号外77

 私は原稿用紙に文字を書き並べることが、嫌いである。世の中には、「私は筆無精で」と言うと、冗談を言っているとおもう人が多い。こういう人たちは、文学というものが分っていないのであって、しかし、そういう人たちが大部分である。したがって、自分の本は数千部売れれば望外のしあわせとおもっている。そのくせ一方では、たくさん売れることを、かなりあからさまに願っている。金がないと困るからである。生きてゆくことは、まったく厄介なことである。
(昭和四十四年「新潮日本文学五十三巻」)


 ぼくは、月報の栞を本のあいだに戻して、閉じた本を箱に戻しながら、こういう人がいる世界はいいな、とおもった。文学を志すとはどういうことかわからないが、自分も物を書いて暮らす人になりたい、と強くおもった。