綴じ込みページ 猫-28

 ミーヤがキッチンの流し台の上で、なにかに猫パンチしていました。もしや、とおもって飛んで行くと、案の定、油虫でした。それも、けっこう大きいヤツです。
 ぼくは、流し台の下からキンチョールを取り出しました(「ルーチョンキ」なんてコマーシャルが流行ったのは、ぼくが高校生のときでした。校長がぼくらのクラスの英語講読を担当したいといって、1年間受け持ちました。最初の日に、なぜか校長がルーチョンキと口走ったため、校長はルーチョンキというあだ名で呼ばれるようになりました)。
 洗い桶のかげにひそんだ油虫めがけ、シューとひと吹き(ではきかなかったかな)したとき、飛んで逃げたミーヤが、カウンターの上でなにかを蹴飛ばし、大きな音をさせました。
 ぐったりした油虫ティッシュペーパーでそっとつまんで、それからぐるぐる巻きにし、ゴミ袋に放り込んでから音のしたほうを見ると、コップのお茶が床にひろがっていました。ミーヤは、吹き出るキンチョールにびっくりして、無意識に飛んだのでしょう。よほどあわてたようで、カウンターに置いてあったコップをよけきれなかったようです。
 ぼくは、タオルを出して、床を拭きました。コップ1杯分とはいえ、なんどかタオルを絞りました。ミーヤは、遠巻きにして眺めています。
「ミーヤ、えらかったね、がんばって油虫を追い込んだんだね」
 タオルを絞りながら、ぼくは声をかけます。もしかしたら、ミーヤは、自分の失敗を叱られるのじゃないか、とおもっているかもしれません。だから、こんなことはなんでもないことだよ、といってあげるのが大事なような気がします。
「パパもすごかっただろ、シューってやってさ。また、いっしょにつかまえようね」
 去年、油虫が出たときは、ミーヤはぼくのうしろにくっついて、おっかなびっくり油虫を追っていました。瞬時に飛びついて前足でおさえるか、口でくわえるのではないか、とおもったのは間違いで、ノッコノッコついてまわっていました。恰好がおかしくて、おもわず笑ってしまいました。油虫がこわかったのかもしれません。どこかのニャンコとは大違いだ、とおもったものでした。
 油虫には、8割がたスリッパが有効です。