綴じ込みページ 猫-50

 それでは、カミサンにたいし、吉行淳之介の文章を借りて反撃しよう。ぼくの好きな「湿った空乾いた空」から。


 この女は、女性という種族の特徴(可憐さ、やさしさ、馬鹿、嫉妬心、吝嗇、勘の良さ、非論理性、嘘をつくこと、すべての発想が自分を中心にして出てくること、などなど)を、すべて極端なまでに備えていた。


 同居人のM・Mについていっている言葉である。ぼくのカミサンにも、ぜんぶ当てはまる。


 ぼくは、浪人のとき、ふと思い立って、自転車に乗って多摩川を渡り、土手沿いに走って上野毛まで行ったことがある。吉行淳之介の家を探しに、である。住所は、文藝手帖をみたか、電話帳で調べたかして知った。
 自転車をおりて、引きながら歩いて住所表示をたぐっていった。坂の途中に、その家はあった。門から家まで距離があり、道が蛇行していた。しゃれてはいたが、庭が広いだけで(道の両側の芝生に背の低い木が何本か植わっていたように記憶する)、それほど豪邸ではなかった。BMWが1台、庭に駐めてあった。門にステンレスの大きめな郵便受けがあり、ふたのところにマジックの太い文字で「吉行・宮城」と書かれていた。
 ぼくは、ひどく満足して、日の暮れかけた多摩川を、自転車をこいで帰ってきた。まだ、女性の怖さを知らなかった。