綴じ込みページ 猫-52

 晩秋の大雨が東京を襲った土曜日、自宅の1階の六畳間の天井の角が雨漏りしていた。そのすぐ下にエアコン専用のコンセントがあり、すでに猫のために暖房を入れているから、ショートでもしたら一大事になるところだった。
 はじめ、何の気なしに見ると、ミーヤがちょうど部屋の隅の本棚のかげを覗き込んでいるところだった。彼女がそうしているときは、たいてい、虫を見つけたときである。そっと並んで、ミーヤが見ているものを見た。水滴が落ちていた。
 ミーヤが、興奮してオシッコでもしたかとおもい、畳の水滴を指につけてかいでみた。匂わない。水のようである。まさか、とおもい、目をあげると、天井の角が濡れている。本棚(といっても、棚の3段ある木の箱を横にして、本は中に積んである。3センチほどの厚みの板でできており、目黒通りの家具屋でカミサンが2個特注した。横にしたのは、膝ほどの高さで椅子代わりにもなるからだが、腰掛けたことはない。相当値が張ったおぼえがある)の上に載って、天井の隅に目をこらした。ときおり、水玉が吹き出てきて、柱を伝って流れ落ちていた。水玉の勢いが強いときは、柱を伝わらずに、空中にはねた。ミーヤが見つけた水滴は、飛び散った雨漏りだった。
 あわてて雑巾をあててみたが、ずっとそうしているわけにはゆかない。床なら洗面器を置くところだが、とおもって、ふと、名案が浮かんだ。すぐ脇に天袋がある。その戸をあけて、天袋にびんを置く。そして、雨のしみ込んでくる天井の角に紐の端を取り付けて、その紐の先をびんに導く。こうして、しみ込んできた雨は、見事びんに溜まるようになった。いくらひどい雨でも、びんがあふれることにはならないだろう。
 しかし、ここに大誤算があった。ふだん開けっ放しにしたことがない天袋の戸を開いたわけである。ミーヤが、気になって仕方がなさそうに見上げていたときに、手を打てばよかったのである。ミーヤは、突然、障子を駆け上がって、天袋に到達した。ぼくは、まだしっぽが見えるうちに飛んで行って、天袋のなかの段ボール箱のかげに潜り込もうとするミーヤをつかまえた。そして、ミーヤを連れおろすと、癪にさわってポンと放り出した。ミーヤは、空中でクルリと一回転すると、器用に畳に着地した(さすが猫である)。それから、ぼくはいそいで障子をずらして、硝子戸だけにした。これなら、爪がすべって、天袋には上がれない。しかし、硝子戸だけだと、外から家のなかが丸見えだから、あわてて雨戸を閉めた(ミーヤがきてからずっと閉めたことがなかった)。ミーヤは、ミャオミャオ、と抗議の声をあげた。
 で、ミーヤがしばらくおとなしいなとおもっていたら、ぼくの掛け布団の胸のあたりが濡れていた。匂いをかぐと、オシッコだった。ミーヤは、ぼくに放り出されたのと、自分の思い通りにならない癇癪で、きっと復讐したのだろう。羽毛の掛け布団を染み通り、羊毛の敷き布団も通り抜け、畳まで濡れていた。
 ぼくは、あーあ、といいながら、布団カバーと敷布をはがした。これは、あしたの日曜日に洗濯である。そして、掛け布団と敷き布団を2階の廊下にひろげて、濡れた部分にファブリーズを吹きかけた。これも、翌日、晴れて乾いてみなくては、匂いが残るかどうかわからない。
 2階の押し入れから、カミサンの布団を下ろしてきた。ミーヤは、すっかり機嫌をなおしていて、ぼくの足にスリスリしてきた。ぼくも、頭をなで返す。ミーヤは、うれしそうにカミサンの布団に飛びのった。
 これで、道路側の障子も爪を立てれば破けることを、ミーヤは知ってしまった。補修しても、すぐに穴をあけるだろう。こんどは、いつも雨戸を閉じてる家、と呼ばれるのかな。