綴じ込みページ 猫-54

作家の猫」(平凡社)には、あの猫好きのアーネスト・ヘミングウェイも載っている(「アーネスト・ヘミングウェイとボイシー」)。


「パパ」の愛称で親しまれるヘミングウェイ(1899-1961)は、異常なまでの猫好きとして知られる。キューバ時代には猫専用のフロアのある御殿を建て、50匹にものぼる一大猫王国を築いた。それぞれの猫の特徴をとらえて「マリリン・モンロー」「ピカソ」などの名をつけ可愛がったが、諍いをおこした猫を射殺する厳しい一面もあった。一番のお気に入りであった「ボイシー」は、「海流のなかの島々」に登場する。


 ヘミングウェイの写真には、友人と食事中とおぼしき食卓に黒白の猫があがって、ヘミングウェイが高く差し上げた手の先の食物を、立ち上がってつかもうとしている場面が写されており、「食卓にのぼることを許された猫はただ1匹、ボイシー・ド・アングルスだけである」とキャプションがついている。


 高見 浩(翻訳家)の寄せた「猫に宿ったパパの悲しみ」というエッセイに、「猫の射殺」について書いてある。


 N・フエンテスの「ヘミングウェイ キューバの日々」(宮下嶺夫訳)に、印象的なエピソードが紹介されている。あるとき、ビゴーテスという名の猫が別の野良猫と組んで、四番目の夫人だったメアリーのお気に入りの猫を殺してしまったことがあった。ヘミングウェイは即座に自室からウィンチェスター銃を持ちだすと、ビゴーテスの頭に狙いを定めて引金を引いた。ビゴーテスは味をしめた。そのまま放置すれば、また殺戮を繰り返す殺し屋になりかねない。それをヘミングウェイは危惧したのだ。彼にとってはその制裁行為もまた、ビゴーテスに対する愛情の発露にほかならなかったのだろう。


 それほどの猫好きだったヘミングウェイだが、”猫”という言葉をタイトルに織り込んだ作品は一つしか残していない。出世作「われらの時代」(一九二五)におさめられた「雨のなかの猫(Cat in the rain )」がそれである。