綴じ込みページ 猫-65

 平凡社の「作家の猫」から。
「今一度 迷ひ猫についてのお願ひ」と見出しのついたチラシが扉のページに載っている。この章は、「内田百間とノラ、クルツ」。「尻尾曲がりの虎ブチ失踪! 泣いて、捜して、十三年」とサブタイトルがついている。
 チラシには、見出しのあとに、いなくなった猫の特徴が列記してある。


 一、 その猫は雄。名前はノラ。「ノラや」と呼べば返事をします。
 二、 からだは大ぶり。三月二十七日失踪までは一貫二三百目ありました。
 三、 動作がゆつくりしてゐて逃げ出さない。
 四、 毛色は薄い赤の虎ブチで背にも白い毛が多く、腹部は純白。
 五、 尻尾は太くて、長い。先の所がカギになつて曲がつてゐます。
お見かけになつた方はどうかお知らせ下さい。猫が無事に戻れば失禮ながら薄謝三千圓を呈したし。
    電話33七二八六


 そうして、チラシの周囲に、「オマジナヒ」として「たちわかれ いなばの山のみねにおふる まつとしきかば いまかへり来む」と筆の文字がひとまわりしている。


 吉行淳之介は、麹町の内田百間邸の近くに住んでいたので、このときのビラのことをよく覚えている。と、書いて、その本を探したが、どこに書いてあったものか、なかなか見つからない。たまたま傍にあった「目玉」という短編集に「百間の喘息」という短編が収録されているので、とりあえずそこから引用しておこう。


 平成元年になって、福武書店から刊行になっている『内田百間全集』が、完結した。河盛好蔵氏、それに安岡章太郎と私との三人が、この全集の監修者として名を連ねている。
 内田百間には熱狂的な読者がいて、そういう人たちはなにもかも読んでいる。私の場合はそれほどでなく、百間先生の小説や随筆に好きな作品があって、たとえば「サラサーテの盤」や「實説艸平記」がそれである。また、初期の短編集『冥途』については、そのうち詳しく感想を書いてみようかと考えたりしていて、かなりの分量のものを読んではいるが・・・。
 今度の機会に、あちこち眼を通していたとき、
「えっ」
 と、おもわず声が出た。


 吉行淳之介は、昭和六十三年になって、はじめて内田百間が喘息であったことを知ったのだった。
(つづく)