綴じ込みページ 猫-71

 吉行淳之介が見た最初のビラ(チラシ)は、朱色の筆で枠が引かれている。たしかに荒いタッチである。「猫ヲ探ス」という文字は、大きな活字で組まれている。


  猫ヲ探ス     その猫がゐるかと思
           ふ見當は麹町界隈、
  三月二十七日以来失踪す。雄猫、毛並は
  薄赤の虎ブチに白毛多し。尻尾の先が一
  寸曲がつてゐてさはればわかる。鼻の先
  に薄きシミあり。左の頬の上部に人の指
  先位の毛の抜けた痕がある。「ノラや」と
  呼べばすぐ返事をする。お心當りの方は
  何卒お知らせを乞ふ。猫が無事に戻れば
  失禮ながら薄謝三千圓を呈し度し。
  電話33七二八六


  番町附近デ真黒ナ雌猫ヲ飼ツテ居ラレルオ宅ノ方
  ニオ願ヒ申シマス。誠ニ恐縮ナガラ右ノ電話33七
  二八六マデ一言オ知ラセ下サイマセンカ。ソノ黒
  イ猫ニツイテ出テ行ツタ様ニ思ハレマスノデ。


作家の猫」には、チラシについての解説も載っている。


 ノラが失踪して2週間たった4月10日。百間は、朝日新聞に迷い猫の案内広告を出した。その後は、ほぼ2週間の間隔で、5種類のチラシをそれぞれ3000〜5000枚印刷し、麹町界隈に配られる新聞の折り込み広告にした。外国人が多く暮らす町のため、英文のチラシまで作っている。


 福武書店版の「新輯内田百間全集」には、このチラシも載っているだろうか。
 ぼくの購入した全33巻は、クロネコヤマトの箱に入ったまま、2階の廊下の壁際に置いてある。   
 うちの廊下は、ふつうの倍の広さに作ったので(一間の寸法)、物を置きやすい。すでに猫のトイレの消臭ボードや猫砂(といってもコルクのような木の粒)の袋の入った箱が置いてある。あんな廊下をつけなければもう一部屋できたのに、と、あとになって工務店の棟梁に笑われた自慢の廊下である。
(つづく)