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 誤解を解く前に、山口瞳先生と高椅義孝教授との関係を、山口瞳随筆集「旦那の意見」(昭和五十二年・中央公論社刊)に見てみよう。タイトルは、「高橋義孝先生の酒」。


 高橋先生と一緒にお酒を飲んでいると、非常に、なにか、こう、気の楽な感じがある。そう言いきってしまうと、これも間違いになるのであって、実際は、同時に、たえず怯えているのである。


 余談だが、内田百間は、酒といわずにお酒といった。それは、百間先生の実家が造り酒屋だったからで、生活を支えてくれる大事なものにたいする敬意がこめられている。


 気の楽な感じで言うと、何をやったって、どうせ叶わないのだということがある。だから、ちょっと甘ったれて飲むことになる。それから、飲んだうえでの醜態といったって、もう、洗いざらい、全部見せてしまっているから、そのことで叱られることはあるまいという妙な安心感がある。


 山口先生が高橋教授と知り合ったのは、まだ出版社の編集者の頃だろうから、若き日の酒乱時代の山口先生なら、醜態を晒していても不思議はない。


 それに、その席のお勘定は、当然、先生持ちだということがある。こちらが支払うべき筋のものではない。くちが腐ったって、払わせてくださいなんて言ってはいけない。これがまた実に大安心である。何も考えずにグラスを重ねていればいい。そうして、いままで、いっぺんもそんなことはなかったけれど、突然、ここは、きみが払ってくれと言われるならば、私は欣然としてこれに従うだろう。ほかのひとだと、そうはいかない。欣然と憤然の差が生ずるのである。


 山口瞳先生ならば、払ってくれといわれれば、間尺に合わない勘定でも、黙って支払うだろう。男だからね。しかし、心のなかで、フザケルナ、と叫んでいることも間違いない。


 先生は、非常に、やさしい。飲み続けておられて、あるいは忙しくて、追いかえされてしかるべきときにも、そんなことはなくて、また、酒になる。
 先生は、たいへんに、気をつかってくださる。言葉のはしばしにも、一挙手一投足にも神経がゆきとどく。そのへんから私の怯えがはじまる。いつ、なんどき、どんなことで、先生の怒りが奔騰して、谷底へ突き落とされるかわかったものではない。それがおそろしい。おそろしいから、私は、いつでもヘマをやり悪酔いしてしまう。


 これで、百間先生宅に、深夜、電話して、あろうことか三味線の皮発言をした高橋義孝の不躾な印象が、いささかでも払拭できればいいとおもう。
(つづく)