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 また、平山三郎「雑俎」から。


 先生のレトリック。
 チブスの予防注射をしたあとで、お酒をのんではいけない。お酒をのんだあとで予防注射をするのも勿論いけないことである。しかし、予防注射は是非とも、しておかなくてはいけない。・・・だから、いいかネ、(と云って先生は言葉を強める)お酒をのんでも、なおかつ、注射を僕はするんだ。それほど僕は予防注射を重んじているンだよ。解ったかね。


 宮城道雄検校は、メンデルスゾーンのコンチェルトをふざけて、コンデルスゾーンのメンチェルトと云ってよろこんでいたという話から、・・・
 芥川は、まっしぐらと云う時、かならず、まっくじらまっくじらと云って嬉しがっていたね。


 芥川とは、もちろん、芥川龍之介のこと。


百鬼園先生言行録」は昭和初期の「新青年」に載ったがそのときの原稿料はたしか一枚一円二十五銭だったと云う。同じ時期同じ雑誌で、佐々木邦はーー「貴君、おどろいてはいけない、一枚五円だったんだ」(佐々木邦は先生卒業後の六校で英語講師だったことがある)


「世の中に人の来るこそうれしけれ、とは云ふもののお前ではなし」というのは、高等小学校の時の森作太先生が教えてくれたのだそうだ。
「昔は、エライ先生が居たもンだねえ」と先生はしきりに感心している。


 蜀山人狂歌に「世の中に人の来るこそうるさけれ、とは云ふもののお前ではなし」とあるが、こちらは「うるさけれ」が「うれしけれ」になっている。人が訪ねてくれるのはうれしいことだけれど、だからといってそれはお前ではないよ、というのである。
 内田百間は、自宅の玄関に、このふたつの狂歌を並べて貼っていた。訪問客は、これを読んで、どうしたものか首をかしげたことだろう。
(つづく)