綴じ込みページ 猫-91

「特別阿房列車」は、百間先生とヒマラヤ山系こと平山三郎が、とんぼ返りの一泊旅行に出る話である。
 冒頭「阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。」と、百間先生は呟く。


 帰途、浜松駅で、平山三郎がホームを走って食堂車の前まで行き、窓をたたいてバナナを二本買ってくる。百間先生が食べたいとぐずったからだ。その間に、列車は蒸気機関車から電気機関車につけかえられた。


 それから今度は電気機関車で走り出した。暮れかけている外を眺めていたが、頸のカラの外れの所に蕁麻疹が出来て、痒くて堪らない。爪で押して窓の外の一所を見つめていると、景色の方がどんどん移って行く。山系が隣からこんなことを云い出した。
「三人で宿に泊まりましてね」
「いつの話」
「解り易い様に簡単な数字で云いますけれどね、払いが三十円だったのです。それでみんなが十円ずつ出して、つけに添えて帳場へ持って行かせたら」
 蕁麻疹を掻きながら聞いていた。
「帳場でサアヴィスだと云うので五円まけてくれたのです。それを女中が三人の所へ持って来る途中で、その中を二円胡麻化しましてね。三円だけ返して来ました」
「それで」
「だからその三円を三人で分けたから、一人一円ずつ払い戻しがあったのです。十円出した所へ一円戻って来たから、一人分の負担は九円です」
「それがどうした」
「九円ずつ三人出したから三九、二十七円に女中が二円棒先を切ったので〆て二十九円、一円足りないじゃありませんか」


 うちのミーヤは、最近、本棚の上のテレビ(世界の亀山モデル)の前にすわって、よく画面を眺めていた。ずっと家のなかにいるから、外界の動くものに興味があるのだとばかりおもっていたが、ちがった。エアコンの季節になって、室内の空気が冷たくなったから、熱を放出して暖かいテレビのそばにいたのだ。きょう、掃除したとき、液晶のテレビ画面の異常な熱にようやく気づいた。
 いましがた、やはり画面の前で眼を細めていたので、布団のかかっていない炬燵(夏場は座卓に変るタイプ)のスイッチを入れて、この下が暖かいよ、と声をかけたら、その下に潜り込んで、くの字になって眠りはじめた。ぼくも座卓の下に頭をつっこんで、ミーヤの顔に顔をくっつけてスリスリする。ミーヤは薄目を開いて、ミャー、と鳴くと、また眠りに落ちた。
(つづく)