綴じ込みページ 猫-93

 猫がじっとすわって、なにか考えているような風情でいるのを見て、哲学的と判断するのは間違いだそうである。猫がそうしているのは、ふだん聞き慣れない音だとか、ごく小さな虫の存在に敏感に反応しているからで、だいいち、猫という生き物はなにも考えていないというのだ。


 そういえば、うちのミーヤは、家の前に停まる車の音に反応して、見えないのに、よく耳を立てて様子をうかがっていることがある。それから、テーブルの上にじっと姿勢よくすわっているので見ると、庭に蝶が舞っていたり、塀に雀がとまっていたりした。
 

 実際に、猫が考えることといったら、「ごはん」「遊ぶ」「飼い主」の三つくらいで、あとはひたすら眠っているか、起きているときでもずっとボーッとなにも考えていないらしい。
 

 ふーん。それで、留守がちなぼくが帰宅すると、飛んできてからだをスリスリし、やたら手をなめて、ゴロゴロころがって喜びを表現するのか。なんてったって、「ごはん」「遊ぶ」「飼い主」がセットで帰ってくるのだから、ミーヤにとってはご機嫌なはずだね。
 

 いま、ミーヤを呼んでみたけれど、腹這いになって北側のガラス窓から「外界」を眺めるのにいそがしくて、こっちを見ずに、横着そうにゆっくりと尻尾をふっただけだった。