綴じ込みページ 猫-98

「犬が育てた猫」のつづき。


 いまの私の家の庭に、大きな犬がいつも寝そべっているが、その犬とガラス越しに挨拶をかわすのは一週間に一度くらいである。動物には興味はあるが、いま飼うとなると億劫である。もっとも、子供のころは家で柴犬を飼っていたし、大人になってからでも黒猫ばかり飼っていた時期がある。


「鞄の中身」(昭和四十九年十一月二十八日講談社刊)という短編集に収められている「ミスター・ベンソン」が、その大きな犬である。


 窓ガラス越しに眺めると、巨きな犬が庭の黒い土にへばりつく形で腹這いになっている。前足の上に顎を載せているので、鼻のところに幾本も横皺が寄って、顔全体が押し潰されたようになっている。薄く目を開けていて、溜息のような、
「フーッ」
 という音が聞こえてくる気がする。いかにも大儀そうで、
「もう厭だなあ、なんのいいこともない」
 と、腹の中で考えているとしか見えない。窓を引き開けると、ガラガラと音がする。犬はその音で、無精たらしい恰好のまま、もうすこし大きく目を開いて私のほうを見ている。
「おい」
 とか、
「ブー」
 とか、声をかけてみる。ブーというのは、ブースカという名をつけてあるからだ。犬はのっそり立ち上がり、歩み寄ってくる。窓に近くなると、尻尾と首を振り、唸り声を出して愛嬌を示す。人間のものより一まわり大きい頭を、私は二、三度軽く叩く。
(つづく)