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「ミスター・ベンソン」は、一九七四年九月「すばる」十七号に発表されている。
 吉行淳之介大田区北千束から世田谷区上野毛に越したのは、一九六八年のことである。年譜には、「前年の五月頃より、身心ともに不調に陥り、再三入院して検査を繰返す。およそ一ヵ年半にわたり、ほとんど作品がない」とある。


 高校のとき、北千束から通ってくる友だちがいた。家の場所をきいたところ、紙に「北千束」と書いて、なんて読むかわかるか、といった。川崎育ちのぼくには、はじめてきく地名だった。ぼくは、しばらく眺めてから、「きたちたば」と答えた。


 裏木戸を閉め忘れて、そこから犬が出て行ってしまったことがある。手伝いの人が探しまわって、ようやく近所の会社の寮にあるプールの傍を歩いていると伝えてきた。億劫だが、仕方がない。赤黒まだらの太い引き綱をもって私は出かけてゆき、それを首輪の金具に取りつけた。
(つづく)