綴じ込みページ 猫-107

「ミスター・ベンソン」は、まだつづく。


 たしかに、この犬には「犬徳」とでもいうものが備わっていた。ずいぶん注意するのだが、ときどき裏木戸の錠を締め忘れる。すると、犬が出て行ってしまう。
 あるときは、いくら探しても見付からないで、朝になっても戻ってこない。車に轢かれてしまったか、とあきらめていると、警官が訪れてきた。
「お宅の犬が歩いていたので、交番に保護してありますから、引取りにきてください」
 あの馬鹿でかい犬の持主は・・・、と近所では分っている。
 以来、木戸から抜け出して帰ってこないときには交番に行ってみると、かならずそこに前肢を伸ばし腰を落した恰好をしている。小学生や女学生が取り囲んで頭を撫でたり、
「おもしろい犬ね」
 などと話し合っている。
 その輪の中で、犬はどこか得意気に座っているが、私が顔を出すと具合の悪そうな風情になる。


 犬は、こうしてなんとか戻ってくるが、猫は失踪した場合、内田百間先生の「ノラや」に見られるように、ほとんど戻らないようである。それは、なんらかの理由で戻れなくなるのだろうが、稀に自分の意志で出てゆく猫もいるそうだ。
(つづく)