綴じ込みページ 猫-108

 まだ「ミスター・ベンソン」。


 この犬が家にきてから七年目になった。人間の年齢に換算すればおよそ四十八歳ということになるが、大型犬は寿命が短かいという。その上、寒い国が体質に合っている犬なのだから、長生きをしているといってようだろう。
 いずれ近いうちに、死に目に合わなくてはならないと、覚悟していた。このころになると、ますます犬とはおもえなくなってきた。庭の隅に小屋を建てて住んでいる、古馴染みの老爺のような感じである。しかし、この老爺は雑用など小まめにしてくれる人物ではない。小屋は粗末だが、贅沢なところがある。
 成犬になったばかりの頃、朝食のとき窓を開けて、食パンの切れを差出すと、一口で嚥み込んでいた。しかし、一度バターを塗ったパンを差出してからは、素パンにたいしては気乗りのしない様子を示し、結局そのまま地面に置き去りにしてしまうようになった。
「住居なんか、どうでもいいんだ。だが、あんまりマズイものは、食いたくないね。それにしても、生きていくのは億劫なもんだなあ」
 とだらしなく寝そべっているが、誇り高いものが蔵い込まれているようにみえてくる。


 犬を散歩させるアルバイトをしている青年に頼んで、週二回ほどの運動をさせてもらうようになってから何カ月か経ったとき、謝礼を渡しながら立ち話をしていると、その青年がいった。
「やはり、図体が大きいだけあって、ブーは強いですね」


 近くの河原に連れて行って、引く綱を離して遊ばせていると、遠くから大きな秋田犬が物凄い勢いで水際を飛沫を上げながら走ってきて、ブースカに襲いかかった、という。
「それで」
 興味が起って、私はたずねた。
「一瞬の間ですよ。アッという間に秋田犬が組み伏せられて、キャンキャンと逃げて行きました」
「ほう」
(つづく)