綴じ込みページ 猫-112

 吉行淳之介の「ミスター・ベンソン」、承前。


 予定の仕事を終えて家に帰ってみると、犬は灰になって素木の四角い箱を白い布で包んだものの中にいた。
「庭の隅に埋めてやりましょう」 
 同居人が言う。
「うん、そのうち」
 そういう作業は気がすすまないので、そのまま日が経ってゆく。半月ほど後、ようやくその気持が起った。
 庭の隅の黒い土を、私が掘った。かなりの大きさの穴を掘らなくてはならない。
「箱は捨てて、骨壺だけ埋めよう」
 箱の中から、濃い灰色の陶器のつぼが出てきた。一瞬、私は迷った。壷の蓋を縛ってある針金をほどいて、中身の灰だけを埋めようか、とおもった。
 しかし、それはできなかった。壷の中にある灰は、焼いた犬の骨と肉ではなくて、人間のものとしかおもえなかったからだ。
「やっぱり、壷のまま埋めよう」
 と、私は言った。


 先日、行きつけの歯科医院で、ぼくの担当の衛生士さんが急に涙ぐんで、うちの子(アメリカンショーター)が、この春、なくなりました、といった。
「十六歳でした。あまりに悲しくて、だれにもいわなっかたんですけど・・・」
 ぼくが猫を飼って溺愛していることを、彼女は知っている。
「火葬してくれるところをあわてて探して、無事に灰にしましたが、骨壺はまだ置いてあるんです、箪笥の上に」
(つづく)