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 ボッコちゃんは、化学者である。優秀な大学院で学んで、論文が認められ、研究所に勤めるようになった。
 

 ボッコちゃんの着想は、最初、みんなに相手にされなかった。しかし、こつこつと研究するうちに、着想が実証できそうになると、関心を持つ研究者が現れた。
 

 研究所は、大きな発見をすると、国から補助金がでる。そこで、その研究をしぶしぶ認めると、何人かの研究者にチームを組ませ、ボッコちゃんをリーダーにした。
 

 チームの研究者たちは、いずれもボッコちゃんよりレヴェルの高い博士だった。それでも若手のボッコちゃんが指名されたのは、ボッコちゃんのアイデアが必要だったからである。
 

 実験は、よろよろとおぼつかなく、頼りなげに見えたが、とにかくなんとか成功した。実験結果を発表するためには、論文を書かなくてはならない。チームだから、博士たちは、論文もそれぞれの担当した部分だけ書いた。そして、それをまとめたのは、ボッコちゃんだった。
 

 ボッコちゃんは、論文をまとめるのは得意ではなかった。だから、ほかの博士に手伝ってもらった。実験だって、あまり要領よくできなくて、ほかの博士にかわってやってもらったくらいで、自分のアイデアでなかったら、きっと引き受けなかっただろう。
 

 論文は、はじめ評判になり、ノーベル化学賞の呼び声が高かった。ところが、じきに論文の欠点が見つけられ、全部を否定されそうになった。ボッコちゃんは、なにがなんだかわからなかった。チームの仲間たちが、今回の論文は取り下げよう、といいだした。


 しかし、これは、じつは陰謀だったのである。発表された論文は、いったん取り下げてしまうと、なかったことになる。そして、まったく同じ研究であっても、論文の内容に欠点のないものがあとから出されれば、そちらが認められ特許権を得ることになるのである。


 ほとぼりがさめたころ、なに食わぬ顔をして、ボッコちゃんのアイデアと実験結果を丸呑みにした新たな論文が発表された。そして、まったく別の研究者の功績として認知された。


 ボッコちゃんが、自分は実験が不得意だ、とおもったのには、わけがある。なぜか自分でやると、生まれた細胞のなかに、勝手にツインに分裂するものが混じっていたからである。厄介なことに、それはすぐに判明しなかった。長い時間を経てからようやく分裂したからである。


 やがて、世間がボッコちゃんのことなどすっかり忘れてしまったころ、新製品の美顔クリームが発売された。それは、皮膚の表面を再生化し、赤ちゃんのような輝く皮膚を約束するものだった。そして、街じゅうに、赤ちゃんの皮膚を取り戻した女性たちの明るい笑顔がひろがった。


 しかし、ある朝、ひとりの女性が目覚めてみると、赤ちゃんのような輝く皮膚が伸びていることに気がついた。皮膚は、つやつやと、二倍の面積に広がっていた。