綴じ込みページ 猫-147

 夏目漱石の全集を購入した。岩波書店刊、新書判「漱石全集」全三十五巻、古本で一万二千円。一冊三百四十三円也である。いま、文庫本だってこんなに安くない。
 

 じつは、十年近く前に、同じものを一度購入したことがある。これは、別のところに書いたことがあるが、帰宅してほくほく開いてみたら全巻の前半分がひどく汚れていた。水をかぶったことがあるのか、しみだらけのぶよぶよした本で、気持わるくてすぐに棄ててしまった。いっぺんに棄てたのではなく、もったいない気持が働いて、きれいな後半分を残したのだった。
 ところが、いざ読もうと本を開いてみると、本に触れている指先から、しだいに赤い浮腫のような症状が現れて、だんだん手首のほうに移ってきた。気のせいか、とおもってさらに読みすすめていると、気がついたときには腫れが腕の半分までひろがっていた。さすがに悪寒が走って、本を放り棄てると、わーっと叫び声をあげてしまった。
 驚いたのは家内で、二階にいたのがすっ飛んできた。
「どうしたの」
「きれいな本のはずなのに、手が真っ赤に腫れあがった」
「ばかねえ。ケチだからそんな目にあうのよ。病気になったらたいへんだから、早くすてちゃいなさい」


 で、二回目の購入は、増刷された本でだれも読んだ形跡がなく、たいへんきれいな本で満足である。それに、初版一刷のもつオーラのようなものを放っていないから、安心して気軽に読めてじつに結構である。

 本文は二段組み。活字がむかしの文庫本のように小さいのが難だが、正字正仮名、しかも活版印刷なのがうれしい。もう、こういう本はつくれないな、としみじみおもう。