綴じ込みページ 猫-149


 電車とバスを乗り継いで、カミサンの墓参りに行ってきた。


 炎天下、墓石を洗い、花を生けた。夏の日向では、花は何日も保たないないだろう。
 洗ったばかりの石の表面は、すぐに乾いてしまう。石段の隅にちびたローソクを立てて、マッチで火をつけるが、いざ線香に火をつけようとすると、かならず風が巻き起こる。


 遠くのお墓に、黒服の人がたくさん見える。喪服を着用するのは、納骨のときか、回忌の法事のときだろう。それにしても、盛大なようで、人の数がただごとではない。


 数珠をとりだして手首にかけると、水桶から柄杓で墓石に水をかける。ひとりだから、水桶一杯分の水をぜんぶひとりでかける。それから、手をあわせ、「家内安全、商売繁盛、どうか妻をお守りください」と祈る。なくなってしまった人をお守りくださいというのはナンセンスだが、カミサンが生きていたときと同じセリフである。そういっている相手がカミサンなのは、考えるとおかしい。カミサンと来ていたとき、じいさんとばあさん(カミサンの両親)を拝んで、カミサンを守ってくれるよう祈っていた。


 水桶と柄杓を洗って戻すとき、向こうを見たら、黒服の人たちも片づいたようで、ぞろぞろと歩き出したところだった。大勢が生け垣にそって、静かに歩いて行く。ぼくも、離れて、あとから歩いていった。
 

 で、次の生け垣の曲がり角を、黒服の最後のひとりが曲がったあとからぼくも曲がると、だれもいなかった。