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 名優小沢昭一のために書かれた戯曲「芭蕉通夜舟」(井上ひさし)を坂東三津五郎が演じたのは、もう二年前のことか。そろり会(句会)の有志にくっついて、ぼくも新宿紀伊国屋サザンシアターに見に行った。三津五郎さんには気の毒だが、小沢昭一っつあんで見たかった、という声が大勢を占めたのは仕方のないことか。
 

 当日、早めに来ていたいて丁さんとロビーの椅子に並んですわって、缶コーヒーを飲みながらいつものように無駄口を叩いていたとき、ふいに思い出したことがあって、すぐに口に出した。すぐに口に出さないと、最近はまたすぐ忘れてしまうからである。


「えーと、あのさ、いて丁さんの俳号をいろいろ考えたんですけどね」
「俳号がどうしたの」
「いえ、だから、ぼくが新しいのを考えてあげたんです。いまよりもっとマシなのを」
「それはまた、よけいなお世話といいたいところだけれど、どんなの」
「せんてつ。字は、千哲。博識のいて丁さんには、もってこいでしょ」
「いいよ。べつに」
「ほら、小沢昭一は変哲って号じゃないですか。へんてこりんな哲学をもてあそぶから変哲」
「知ってますよ」
「でね、いて丁さんは千哲。千の哲学。お仕事柄ね。鉄に関係がある銑鉄から考えたんですけど」
「すぐわかりましたよ。しかしね、仕事がらみじゃあんまりにもリアル、というか生々しいからダメだね」
「ダメですか。やっぱりね。いやがるかなともおもったの」
「いやだよ」


 いやですかね、白石千哲。いいとおもうけどな。