綴じ込みページ 猫-164

 芸者衆のことを、猫という。三味線を弾いて芸をするから、三味線の皮からの連想かもしれない。その芸者衆には、東京でも京都でも、むかし、ずいぶんお世話になった。


 墓参りから戻って、さて、昼寝でもしようかな、とおもったとき、電話のベルが鳴った。最近は、携帯電話にかかってくるのが普通で、電話機にかかってくるのは営業か勧誘ばかりである。ぼくは、受話器をとっても、名前をいわずに、はい、とだけ返事することにしている。なぜかといえば、いい加減にダイヤルしてきて、こちらが名のってはじめて名前がわかったのではないか、とおもわれるケースも少なくないからである。


 ぼくは、受話器を止めたテープを剥がすと、はい、と応えた。テープというのは養生テープのことで、ミーヤが受話器を落とさないように、用心のために貼ってあり、いそぐときなど甚だ面倒なのだが致し方ない。


 タカシマさんどすか。あ、タカシマさんや、えろうご無沙汰さんどす、ギオンのマメジどす。お元気にしてはりましたんどすか。えらい久しぶりどすなあ。お姉ちゃんと、タカシマはん、どないしておすやろいうて話してましたらな、ほな、電話してみよかいうことになりましてん。
 かれこれ二十年近くお会いしてないのとちゃいますやろか。あ、おおきに。うちの子、二十七になりましてん。もうすっかり大人ですわ。おかげさんで元気にやっておりますう。
 それで、お電話したんは、わたし本出すことになりましてん。みんな、どんどん年寄りがなくならはって、あ、うちのお母はん、三年前になくなりましたんえ。で、昔のことがわからんようにならはるなあ、いう話をしておりましたら、ほな、あんた書きなはれ、いうことになりまして、もうどちらかというと(古参に)なりましたよってに、それなら書いてみまひょか、ということで書いたんどすわ。原稿はぜんぶ自分で書いたんどす。校正は編集者はんがしてくれはって、本にしてくれはるんどす。
 題名はまだ決まっておへんけど、私の名前は出ますさかい、本屋さんで見かけたら、どうか読んでおくれやす。


 京都弁はむずかしいから、拾った言葉が正しいかどうか、わからない。しかし、本が出ることは間違いない。キーワードは、つぎのいくつか。


「豆爾」(ツクリのなかは、メでなくて人)「新井豆爾」(あらい・まめじ)「祇園」「花見小路」「京都」「東山」「朝日出版」


 本屋さんで目にしたら、どうか手にとってみてください。もとい、おくれやす。