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 さて、小西甚一「国文法ちかみち」オマケの「(三)現代仮名づかい」を見てみよう。


「池袋で乗りかえてね、王子へゆくつもりだったんだが、何をぼんやりしていたのか。大塚へゆく電車に乗っちまってさ。齢のせいかな。」
このばあい、もしこの人が駅名の表示板に「おうじ方面」とか「おおつか方面」とか書きわけてあることにまで気がつくほど注意していたら、乗りかえをまちがえることはなかったろう。なぜ王子は「おうじ」で大塚は「おおつか」なのか。これは、現代仮名づかいによって、そう決められているからである。すなわち、
  オ列の長音は、「おう」「こう」「そう」「とう」のように、オ列の仮名にうをつけて書くことを本則とする。
という規定で、オージは「おうじ」となるが、一方また、
  ワ・イ・ウ・エ・オに発音される旧仮名づかいのは・ひ・ふ・へ・ほは、今後わ・い・う・え・おと書く。
という規定によって、大塚は「おおつか」となる。なぜなら、歴史的仮名づかいでは、「大」は「おほ」だったから。
 この例でわかるように、現代仮名づかいは、けっして発音どおりに書きあらわすことではない。やはり、発音と表記には「ずれ」があることをちゃんと認め、その「ずれ」を歴史的仮名づかいの場合よりも少なくしようとしているのにすぎない。


 よけいなお世話だが、池袋から王子行きの電車というのはない。JR山手線に乗れば、となりが大塚である。王子は、そのまま三駅先の田端まで乗って、京浜東北線に乗換えて二つ目である。つまり、王子へ行くつもりで大塚へ行く電車に乗ったのは、正解だったのである。と、小西甚一にいったとしたら、たんに例題であげたつもりの教授は、どんなふうに怒っただろうか。やはり、国文科にいかなくてよかった。
(つづく)