綴じ込みページ 猫-180

 お断わりするが、引用するからといって、ぼくが中村武志さんの僭越を承服しているわけではない。その反対である。若い読者が旧字旧仮名になじめないというなら、総ルビにすればよいだけである。現に、ぼくなんかだって、(まだサルだった)高校一年のとき、新丸子の甘露書房で総ルビ付きの岩波文庫版「吾輩は猫である」上下二冊本を購入して、はじめて(木からおりて)文学に惹かれるようになったのだから。


内田百間の作品を新漢字、新仮名づかいにするについて」
 わが師内田百間は、昭和四十六年四月二十日、八十二歳で死去されるまで、ご存じのように、旧漢字、旧仮名づかいを厳として固守された。中年以上の読者の方ばかりでなく、中、高校生までも、絶品ともいうべき百間文学の魅力に牽かれ、今まで旧仮名づかいの作を愛読して来た。
 一九八九年は、百間の生誕百年であった。これを機にして、著作権者の遺族に乞うて、文庫にかぎり、新漢字、新仮名づかいにしていただいた。ただし特殊なまたは一部の漢字だけは、百間文学の特異性、内容、雰囲気、その機微を損ねまいとして残し、ルビをつけた。
(つづく)