綴じ込みページ 猫-185

 吉田君ちの庭、といっても工場の敷地だが、リヤカーで遊んでいた。ぼくと弟と吉田君の三人である。


 弟をリヤカーに載せ、吉田君がかじをとって、ぼくはあとから押していた。ぼくらは小学三年生くらいで、弟はまだ入学していなかったかもしれない。はしゃぎすぎてリヤカーに勢いがついた。吉田君が踏ん張ったが、リヤカーは止まらなかった。ガラスの割れる音がして、水のようなものが飛び散った。


 工場の事務所から、吉田君の叔父さんが飛び出してきた。そして、あわわ、というとあわててもどっていった。吉田君の足がそこにあったビンを蹴って、割れたビンからつんとする液体がコンクリートの上に流れ出していた。


 吉田君の叔父さんは、なにか液体の入ったビンと、タオルを持ってもどってきた。そして、最初に弟の顔を、液体をしみさせたタオルでふいた。
「これは硫酸を中和する薬だから、早くふいておけばだいじょうぶだよ。希硫酸でよかった」


 弟の手を引いて家に帰ると、すぐに着ていたものを脱がして風呂に入れた。洗面器で頭から水をかけた。
「お兄ちゃん、寒いよ」
 弟がクロみたいになったらどうしよう、とおもってオロオロしているところで目が覚めた。