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 映画「小さいおうち」を観てから、この物語がずっとぼくのなかに棲みついている。以前、「フランス軍中尉の女」を観たときも、しばらくその世界が頭に染みついていたことがあった。


 昔、女中というのは、いまでいうお手伝いさんとはまったく別の存在だった。ぼくの母も、宇都宮高等女学校を出たあと、鎌倉の長谷にあった大学教授の家に行儀見習いでしばらくいたことがある。当時の写真を見ると、母は百貫デブで、浴衣を着て朋輩の女中と盆踊りをおどっている。どのひとも、割合、美人である。女中は全部で三人いた。


 上智大学の教授の自宅に、女中が三人もいたというのがすごい。母は大正四年生まれだから、それは昭和八年頃の話である。
 大学から帰った教授が、着替えをしながらパナマ帽をみせて、学生というのはひどいことをしやがるなあ、とぽつんといった。母がパナマ帽をのぞきこむと、墨汁で「この帽子十銭也」と書いてあった。


 母は、その後、YWCAで英語を習い、簿記と経理事務を勉強しなおして職業婦人となった。
(つづく)