綴じ込みページ 猫-193

 正月にいて丁さんがボーラーハットをかぶっていた。いわゆる、山高帽である。ご本人は、内田百間先生を気取っているらしかったが、ぼくの眼には川上澄生「ゑげれすいろは人物」に出てくる、あのへっぽこ先生に見えた。


 このとき、ぼくにも帽子をかぶるようすすめられた。しかし、いて丁さんみたいな立派な(でっかい)頭を保有しているわけではないから、かぶって似合う自信がなかった。かぶったとしても、なんとなく貧相だろうとおもわれた。

 
 戦前を描いた映画「小さいおうち」を観たとき、帽子があまり活躍しているようには見えなかった。映画にでてくる帽子というのは、それ自体がなにかを物語っているものだが。

 
 そうこうするうちに、テレビの対談に登場した糸井重里さんが、移動のとき、山高帽をかぶっているのを見た。ぼくはミーハーだから、すぐに帽子をかぶってみたくなった。糸井さんは、ジーパンとセーターの上にコートをはおって、山高帽を頭にのせていた。あんな要領でいいのだろう。


 しかし、いて丁さんが山高帽で、ぼくも山高帽というのでは、なんだか面白くない。おもいついたのは、ウインストン・チャーチルのかぶっていたあの帽子。あれは、中折れ帽といったかな(正確には、ホンブルグハットというらしい)、クラウン(山の部分)のてっぺんにたてにへこみが入っていて、短いつばの端がやや巻いている帽子である。


 アメリカのステットソン製のヴィンテージで、格安のものが手に入った。デッドストックだったらしく、何十年を経ていても、見た目は新品同様である。たてに長い西洋人と頭の形がちがうから、頭の両脇が少々締め付けられるのを除けば、まあまあのかぶり心地である。これをかぶって外を歩くのは気が引けるから、「小さいおうち」の原作を読むとき、かぶることにしよう。
(つづく)