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 さて、「小さいおうち」の原作本は、まだテーブルの上に置いたままである。テーブルの前にすわるたびに本が目に入る。ああ、読まなくちゃ、とおもいながら、朝、パンを食べ、夜、湿疹の薬をつける。


 すすめられた「世界史の極意」(佐藤優NHK出版新書)も、ペラペラやったままでそこに置いてある。こちらは旬の書物だから、早く読まないと賞味期限が切れてしまう。おまけに、注文しておいた「西東三鬼全句集」(都市出版社)まで古書店から届く始末で、どれから手をつけたらいいのかわからない。


 速読のできるひとは、新書の一冊くらい、購入した日に読み終えてしまうらしいが、ぼくにはとうてい無理だ。「あとがき」を読んで、「序章」に目を通しただけで、あとはまたゆっくりと佐藤さん、お話を聞かせてください、といって本を閉じた。関心がないわけではない。むしろ逆で、この混沌とした世界について、どうかぼくにもわかるように、噛んで含めるように教えてください、といった気持でいっぱいである。


 映画「小さいおうち」は、多くの俳優がミスキャストだったのではあるまいか。特に晩年のタキを演じた倍賞千恵子さんは、戦前のタキとは別人である。句会のあとで、そういったら、いて丁さんに、そういう眼で倍賞千恵子を見てるんだろう、それじゃあいけないんだって、となじられた。


 しかし、戦前十年以上女中奉公した女性が、いくら年をとったからといって、ノートに文字を書くのに鉛筆を舐めるというのが気に入らない。おしゃれで聡明な奥様に仕えて、奥様の女中にふさわしい人間になろうと努力したフシのある女性ですよ。(黒木華さんの)タキの七十年後の姿がそれでは、ぼくはいやだ。