綴じ込みページ 猫-198

 ミーヤの爪切りをした。ぼくのもとへきてから四年経ったが、手の爪(前足の爪)をまとめて十本切ったのははじめてのことである。


 もっとも、ミーヤは、簡単に切らせてはくれなかった。
 うしろから、ぼくの足で胴締めをするかたちで押さえつけたのだが、何本か切るうちに、いやだー、と悲鳴を上げた。そして、もがいて後ろ足をぼくの胴締めした足の輪から抜くと、前足を掴んでいるぼくの左手に激しい猫キックを浴びせてきた。
 ぼくも、一瞬、ひるんだ。いつもなら、そんなに嫌なら仕方ないか、と放免するところだが、しかし、今回はちょっと事情が違っていた。


 ぼくがパソコンに向かっていると、すぐそばでミーヤが自分の前足の爪をしきりに噛んでいた。猫の爪も脱皮する。爪が一皮むけて、新しい爪が下から顔をだす。猫は、表面の固い爪を、自分で噛んでむしりとり、代謝を助けるような真似をする。むず痒いのかもしれないし、爪が窮屈なのかもしれない。


 とつぜん、ギャッ、と声を上げたので、あわててミーヤを見た。両手をブルブルと口もとでふるわせている。よく見ると、両手の毛がうっすらと血に染まっているようである。どうした、と声をかけて走り寄り、ミーヤの両手を掴んだ。爪を噛んで強引に引っ張ったせいで、爪か歯のどちらかが抜けたかとおもった。けれど、手に異常はなかった。つぎに、口もとをみた。なにか唇をしきりに動かしている。どうやら、唇の一部を切ったらしい。


 彼女は、手の爪を噛んで、固い爪に亀裂を入れ、剥ぎ取ろうとしているうちに、勢い余ってくわえていた爪の反動で唇を傷つけたのではあるまいか。鋭い爪で唇を切ったら痛いにきまっている。だから、ぼくは、今回はなんとしても前足の爪全部、きれいに切らなくてはならない、とおもったのだ。


 ぼくの手首と手の甲に何条もの爪痕が残った。掌には、爪を刺した痕が穴になっている。けれど、ぼくは至極満足だった。しばらくは、爪の心配をしなくてすむ。それに、句会で、こんな句を提出したばかりなのだから。


    桜なんか嫌ひだぼくは猫が好き 飛行船