綴じ込みページ 猫-214

 話は多少旧聞。
 ぼくは、夜はほとんど外食だが、面倒なのでいつも同じ店に行くことにしている。


 昔から駅の近くにあった中華食堂が、十か月かけて新装開店した。モルタルの古臭い建物で、せいぜい二階までだったものが、いざ再開してみると、ちょっとしたマンションに変わっていた。まわりに、ずいぶん、土地を持っていたものだ。もちろん、中華の店は一階である。


 町の小さなラーメン屋は、バーかスナックのような雰囲気の店に変身していた。テーブルはガラスの低いテーブルで、椅子はソワーが置かれている。カウンターもバーのようであり、椅子が高いスツールで、ぼくなんかはすわるのもひと苦労である。

 でもって、カウンターの向こうには、いろんな種類の酒瓶が並んでいる。さらに酒瓶の棚の上に大画面の液晶テレビが据え付けられていて、終盤にさしかかった野球中継が映し出されていた。なんだか、ラーメンを食べ終えるころには酔っ払いそうな雰囲気である。


 以前、この店はオーナー夫婦とアルバイトのおねえさん(フィリピン人かな)の三人でやっていたが、カウンターに金髪をポニーテールに結んだ男性と、フロアに女子高生らしいアルバイトが二人ふえて、ぜんぶで六人体制になった。


 毎晩顔を出せば、いやでも挨拶するようになる。ぼくは、カウンターにしかすわらないから、金髪のサムライがニコニコして迎えてくれて、しばらく様子をうかがっていたが、とうとう口をひらいた。
「いつも、ありがとうございます」
「あ、お世話になります」
 くるかな、とおもっていたが、やっぱりきた。
「外食が多いんですか」
「ええ、まあ」
「単身赴任かなんかで」
「いや、家内をなくして一人暮らしなもので」
「は、それは、どうも」
 ここで、金髪はおとなしく離れていった。
 

 翌日、話しかけられると鬱陶しいので、ひたすら食事をとっている風を装って酢豚定食を頬張っていると、金髪のポニーテールの揺れるのが眼の端に映った。
「お仕事はなんですか」
 唐突にそんなこときくかね。一度口をきくと、もうなにをきいてもゆるされるとおもっている種類の人がいるものだが。
「美術雑誌の広告です」
「はあ。わたしも趣味で工作するんですよ。夜なんか、眠れないとき、ビーズで腕輪とかつくります。ほら、いましてるこれがそうです。うちの犬の首輪も、わたしがつくってやったんですよ」


 数日後。
「あのう、わたし、なんか勘違いしちゃって。ママから、お客さんが雑誌関係の仕事だってききまして」
「は?」
「いえね、すいません。ビーズ雑貨の工作、と聞き間違えたものですから」