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 一九九六年三月二十五日初版第一刷発行の「吉岡実全詩集」が本棚にある。うれしいことに活版印刷である。限定版ではないが、初版は少部数しか発行されなかっただろうから、限定版といっしょである。だいいち、吉岡実といっても、どれだけのひとが知っているだろう。


 この本は、じつは二冊目の本である。といっても、二冊購入したというわけではない。この本には、十二冊の詩集と未刊詩篇、それと歌集が一冊収録されているのだが、はじめに発行された本には信じられない編集ミスがあって、最初の詩集「昏睡季節」の冒頭の詩、「春」が抜け落ちていた。春夏秋冬の四つの季節が順に並んでいるはずのものが、「夏」からはじまっていたのである。


 版元の筑摩書房は、すぐに広告を出して、大宮市のサービスセンターに送ってくれれば、急遽「春」をくわえて発行しなおした完全版の本と交換します、と案内した。もちろん、発売と同時に購入したぼくの本にも、「春」はなかった。


 誤植でもない、落丁でもない、それでいて完全とはいえない、なんとも奇妙な本が存在することになった。ぼくは、「春」の抜けた全詩集の希少価値について、青山学院大学の前にある中村書店(当時、詩の本が充実していた)に電話でたずねてみた。
 答えは、詩人本人が関わってひとつ落としてしまったのなら価値があるかもしれないが、本人は関知しない編集上のミスですから、収集対象にはならないでしょう。それより、完全版のほうを持っておられるほうをおすすめしますよ、というものだった。


 いま、この全詩集をさがすのは、むずかしい。たとえ、見つかったとしても、ちょっと手を出しづらい。函入りで、オビまできちんと揃った美本は、三十万円くらいするのだから。オビの真ん中あたり、ちょうど函の背の部分にかかるところに、「ヨシキリの ヨシオカの」と、西脇順三郎の詩の一節があった。ぼくの本にも、たしかにあった。ミーヤがくるまでは。


 ミーヤは、井伏鱒二全集のオビをことごとく制覇したあと、余勢を駆って「吉岡実全詩集」のオビにも爪をかけたのである。おかげで、「ヨシキリの ヨシオカの」の部分がきれいに欠けてしまった。あーあ、オビが駄目になって十万くらい安くなってしまった。
 ミーヤ、このオトシマエはどうつける? 爪、切らせてくれないかなあ。