綴じ込みページ 猫-233

 俳句を習いはじめて、今年で八年目になる。ぼくなんか、いっこうに上達する気配はないが、せっかく読売文学賞受賞俳人が万障繰り合わせてやってこられて、俳句のハの字も知らなかった朴念仁に噛んで含めるように教えてくださるのだから、この機会をあだやおろそかにしてはなるまい、とおもう。


 記録を見ると、初回は平成二十年二月二十一日だったことがわかる。大木あまり先生を筆頭に、主宰のわさびさん、鶉さん、まんさくさん、柚さん、いて丁さん、そして恥ずかしながら小生飛行船の七人が、はじめて一堂に会したのであった(のちにぼくは、この七人を「竹林の七賢人」ならぬ「珍竹林の七変人」とひそかによんだ)。
 ああ、その日のことは忘れない。青春がよみがえったような歓喜と高揚感が、体中を駆けめぐったのだから。そして、その気分は一年近くもつづいた。


 でもって、当日提出したぼくの句は、つぎのようなものである。


    髪抜けて慈姑のごとき女房かな
    春おぼろ遠き故人とすれちがふ
    寒ければ簾はあげず香炉峰
    赤蕪をはむ妻の歯の白さかな
    熱燗にふれてつまみし猫の耳
    葱白し一寸ごとにきざまれて
    口切を買ひに寺町一保堂


 ここには、その後のぼくの句の、すべての芽があるようにおもわれる。
(つづく)