大木あまり詩画集「風を聴く木」『2-油絵科C組』

 油絵科C組


男のモデルを はじめて描いた。
つい わたしの
視線はモデルの股間にいってしまう。
若い男のものは
水仙か菖蒲の
蕾みたいだと
思っていたのに。
タラコみたい。
本で見た地球を担いで
いる男のものは
無花果の葉っぱから
はみだしそうに
生き生きしているのに。
阿部貞は
なんで男の
こんなものを
欲しがったのだろう。
袋に包んで持っていたら
青い鳥にでも
なると思っていたのだろうか。
一生 愛を
囀り続けるとでも
思ったのだろうか。
男のあそこから
罪しか生れないのに。
木炭を消す
ショクパンが
乾いてゆく。
ちぎって・ぎゅっと
握りしめると
小鳥を握り殺した
ときの感触。
男のモデルを
じっと見ている 好色な
ブルータスや アグリッパや
バッカスの石膏像。
静物画のための青い林檎。
豊満な乳房のトルソ。
人殺しもできそうにない
鈍い光の パレットナイフ。
窓の外は
武蔵野の青い空。
誰かが わたしの頭めがけて
つぎった パンを投げつけた。
モデルが女でないから
描く気のない奴の仕業。
モデルの全身は
バランスよく描けたのに
あそこだけ 形がとれない。
恥ずかしくて よく見ないから。
美しくないから。
E組のR子は
どんな顔して描いているだろう。
恋人のR子は
きっと無邪気に
優しい線で描いているだろう。
モデルの身体から
蔓草の匂いが
漂ってくる。
ああ、描けない
と思わず
わたしは叫んでしまった。
すると
デッサンの仕上げを
見にきた
I教授が
遠雷みたいな声で言う。
そこのお嬢さん
芸術は積みかさねです。
描けないなんて
いわないで
しっかり デッサンしなさい。
そして 描き終えたら
C組のみなさん
デモに行きましょう――。